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【成人向け】本作には性的描写があります。

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快感夜行寝台

2018年1月にpixivに投稿したものです(全17ページ)。

1月5日のR-18漫画デイリーランク66位に入りました。

 架空鉄道の旅情漫画ですがフェチ度高いです。

 どうもワタクシは、幼い頃から旅情(風景を鑑賞する心やテツ萌えなど)と性的なフェチシズムとが強烈につながっていて、切り離すことができずにおります。

 ・・で、学校の絵画の授業でもついそういう描き方をしてしまい、先生がはっきりと「お前は頭がおかしいので他の生徒とつきあうな、皆も遠森を放っておけ」と宣告したことがあります。

「ええー?そんなぁ~」と思いましたけど、まあ学校でこんなの描いたら先生もそう言いたくなりますわね(^_^;)

 そんな学生時代も30年以上前に終了したので、今は心の中のありのままを描いています。

 本作は全年齢対象の微エロ漫画「気がつけばあのころは遠く」(下はその10/29ページ目)の続編にあたります。

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読了ありがとうございました。以下は少しマニアックな解説モドキです。空子入口に戻る場合はここをクリックで戻れます。

★空子の台詞に出てくる「中島史雄先生」は、昭和50年代、エロ劇画界に美少女漫画タッチの作品を発表しつづけ、現代の萌え絵エロ漫画につなげた漫画家です。
 「温泉芸者、すっぽんぽんで大股開きガバー!」のような大味な作風が全てであった当時、「誰が何といおうと俺は赤ライン2本入りの白ソックスが好きじゃあーっ!」とフェチ宣言をし、エッチな女子高生を美少女漫画絵で描く中島氏の存在は際立っていました。
 また、ほぼ同じ時代には雨宮淳氏が、年上の長身女性と華奢な少年のエロ漫画を描きつづけ、現代の「おねショタ」の嚆矢となりました。
 余談ながら不肖ワタクシは、鉄道趣味界に漫画絵路線の草分けをしたことをささやかな自負としておりますが、昭和50年代はことほどさように、さまざまなジャンルに漫画文化が注入されはじめた時代でありました。

★凪の台詞にある「腎虚」は、精力衰退をさす江戸時代の言葉ですが、昭和に入ってもなお、面白がって使われていました。
 精子は睾丸で作られ、精嚢で液体を加えられて貯蔵されることが近代医学では判っていますが、江戸時代には精液を「腎水」といい、腎臓に蓄えられていると思われていました。そして、淫乱女性とエッチしすぎると精気を吸い尽くされ、腎虚になるとされました。
 実際には、セックスやオナニーが旺盛なほど、脳の快楽物質の分泌が活性化して快感も倍増し、長年エロい人でいられるようです(ただ、若かりし日のワタクシは連日、出るものがなくなっても延々とオナりまくってたら、睾丸が炎症を起こしちゃったんで、やっぱチャージされる間は休憩したほうがいいですネ(^^ゞ)。
 なお、漢方医学における「腎虚」は、内分泌系・免疫系全般の機能低下をさします。

【テツ解説】
 魔耶の南岸エリアは同人誌時代には一度も描いたことがなく、今作がお初です。
 南岸の中核市・巽南は工業の街で、東京へのアクセス需要もそれなりにあるため、今作の東京行き夜行鈍行もここで寝台車二両を連結します。鈍行なので愛称がなく、遠回りでカーブの多い丹生線経由で東京に向かいます(巽南市発東京行きの昼行特急は岡野沢経由で、主に宵宮本線の甲特・乙特に併結)。

 今作の寝台車は、鈍行に連結されるものの、いつもの特急型3000系の一般寝台です(2段式1両+1人/2人用個室1両の計2両)。
 3000系は電車ですが、今回連結されるのは付随車(サハネ)なので、前4両の座席車に牽引されて走ります。丹生線は海岸部を外れると山間部も走るため、座席車は4両とも電動車にしときました(そうでないとサハネ牽引しながら勾配はキツイ)。
 寝台の後尾車を運転台付き(クハネ)にすれば、東京下町に着いて折り返すとき便利なんですが、あえて客車ふうの貫通路ドアむき出しにしました。施錠されてないので、走行中も乗客が貫通ドアをあけられます(危ないですが)。
 昭和時代のリアル日本の夜行急行は、こんなふうに座席車の後ろに、バラで寝台車をぶらさげてたりしたので(あの20系でさえも!)、夕鉄でもサハネを客車に見立てて、当時を再現してみました。

 しかし、さてこうなると悩ましいのは、東京下町での折り返しです。早朝に終着してから、近場の電車区まで回送せにゃならんのですが、ご存知の通り東京下町駅に入る手前は併用軌道なので、推進運転ができません。
 さらに、今までの設定では、下町駅はレトロ建築の駅ビル内にあり、頭端ホーム(突き当たり式)です。
 これでは機回し・・というか電車回しができないので、駅ビルを突き抜けて電車回しができる番線があることにしました。
 「そんな設定変更をするくらいなら、いっそ後尾のサハネに簡易運転台を付けときゃいいのに」と思われるかもしれませんが、むかしリアルの上野口で、ぶった切られた20系の後尾を見て以来、どうしてもこういう不格好な編成をやりたかったのです。
 あのころの鉄道風景には「愛すべきカッコ悪さ」があったなあ、と懐かしく回想しています。昭和は遠くなりにけり・・・(^_^;)

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